B5G研究開発の意義
Beyond 5Gの実現に向けて
~空飛ぶ基地局「HAPS」がつくる未来の可能性
株式会社Space Compass
宇宙RAN事業部
岸山祥久
Beyond 5Gの実現には、陸、海、空、そして宇宙までを含む非地上系ネットワーク(NTN)の構築が不可欠であり、その中でも、「空飛ぶ基地局」とも呼ばれるHAPS(High-Altitude Platform Station)は、超広域通信を実現する技術として注目されている。HAPSの研究・開発を推進するSpace Compassの岸山祥久氏に、現在の開発状況や今後の社会実装に向けた取組、今後のBeyond 5G社会での役割について話を聞いた。
成層圏から超広域・大容量通信を提供するHAPS
Space Compassのビジョンや岸山さんの現在のミッションについてお教えください。
岸山 Space Compassは2022年7月、NTTとスカパーJSAT の合弁で設立されました。ビジョンは「宇宙統合コンピューティング・ネットワーク」の実現です。これは、地上系のネットワークに加え、静止軌道衛星(GEO)、低軌道衛星(LEO)、そしてHAPSを含む非地上系ネットワーク(NTN)を統合し、いつでも・どこでもつながる世界を作ることを目指すものです。私はこの中で、特にHAPSを用いた通信サービスの実用化を担当しており、そのための技術開発を今回のプロジェクトで進めています。
「HAPS」とは具体的にどのような技術でしょうか?
岸山 HAPSは成層圏(地上約20km)を飛行する機体に通信用の機器を搭載したプラットフォームです。静止軌道衛星(GEO)や低軌道衛星(LEO)よりも地上に近いため、低遅延で高速・大容量の通信をスマートフォンに直接提供できるのが大きな特徴です。さらに、低軌道衛星(LEO)とは異なり、ほぼ同じ場所に滞空できるので、安定した通信サービスや定点観測にも適しています。
(出典:Space Compass、©AALTO HAPS Limited)
HAPSは、Beyond 5Gの重要な基盤の一つとして位置づけられている非地上系ネットワーク(NTN)を構成する、非常に重要な要素です。地上の通信網では届きにくい山岳地帯や離島に通信を届け、災害時には通信インフラが壊れても空から接続を維持するなど、地上系ネットワークの弱点を補完する役割を果たします。
HAPSの機体には、気球や飛行船のように軽い気体で浮くタイプ(浮力利用型)と、グライダーのように自ら推進力を持つタイプ(固定翼型)の2種類がありますが、我々は小型の固定翼型の機体「Zephyr (AALTO HAPS Limited製)」を使用しています。翼幅25m、重量75kg程度 で、太陽電池で発電し推進力を得る仕組です。2025年には67日間 の連続滞空を達成しており、無人航空機としての最長記録を持っています。
(出典:Space Compass、©AALTO HAPS Limited)
世界で初めて高度18km以上を飛行する固定翼型HAPS を介した端末へのデータ通信に成功
2025年2月、HAPSを介したデータ通信に成功しましたが、その概要を教えてください。
岸山 HAPSの通信方式には、HAPSに基地局機能を搭載する「再生中継方式」と、HAPSで電波を折り返す「ベントパイプ方式」の2つがありますが、早期実用化を目指し、ベントパイプ方式での実証実験をケニアで行いました。この実証実験をケニアで行った理由は、乾季の気候が安定しており、雨や風の影響を受けやすい固定翼型HAPSの飛行に最適だったからです。上空の成層圏に機体を飛ばし、地上に設置したLTE基地局と接続したゲートウェイ局からの電波を、HAPSを介して地上の携帯端末にデータを届けることに成功しました(図2参照)。
この実証実験の結果は、世界で初めてHAPSを介した無線通信が成功した例として注目されており、Beyond 5Gの技術が、研究段階から実際に使える段階へ近づいていることを示す成果だと考えています。今後は、日本での実証実験 を開始することを目標としています。ケニアで打ち上げた機体を日本上空に誘導するため、課題は多いですが、鋭意努力しています。
商用化に向けては、さらにどのような技術が必要でしょうか?
岸山 今回のプロジェクトで使用した固定翼型HAPS(ベントパイプ方式)は上空を旋回しながら飛ぶため、対象への電波の向きを変えたり、距離の変化で周波数が変化したりします。そこで、常に狙った場所に電波を届ける技術(ビームフォーミング)や、周波数のズレ(ドップラシフト)を自動で補償する技術を適用しています。こうした技術は、安定した通信に必要になるものです。
加えて日本での商用化には、雨や雲による高周波(ミリ波)の減衰の影響を考慮し、通信性能を確保できる回線設計が必要になります。我々は離島等、国内での観測データからの推定で回線設計を進めています。
今後は、1機のHAPSでより多くの人が同時に使えるよう、通信容量を増やすことも目標としています。将来的には、1機で複数のビームをマルチで照射かつ最適なビーム選択制御を行い、大容量化を達成することで、例えば3機のHAPSで沖縄全体をカバーするような、少ない機体数で広い地域をカバーできるようにしたいと考えています。さらに、ベントパイプ方式の伝播距離の制限を克服し、サービス可能エリアの拡大のためにHAPS自身が基地局の役割を果たす再生中継方式向けの搭載装置も開発しています。搭載可能な重量、消費電力の要件をクリアしながら、いかに性能を高めるかにチャレンジしています。これにより、人工衛星と組み合わせて、衛星をバックホール回線として通信ができるようになり、地上の基地局がなくても通信サービスを提供できるようになります。これは、空・宇宙・地上が一体となった、Beyond 5G時代ならではの通信ネットワークです。
HAPSが実現する未来の通信社会
HAPSは、どのような用途での利用が考えられていますか?
岸山 HAPSは、特に以下のようなユースケースが期待されています。
1つ目が、災害対策です。地震や台風などの災害時に、地上の通信インフラが破壊されても、HAPSは成層圏から通信を提供できるため、被災地での通信が確保しやすくなります。太陽電池を搭載するHAPSでは、電源の復旧をまたず被災地での迅速な情報収集や携帯電話での通信確保が可能になり、長時間にわたる救助活動の効率向上や連絡手段の確保等への貢献が期待されています。
2つ目が、通信エリアの拡大です。現在、日本の携帯通信は人口ベースでほぼ100%をカバーしていますが、面積ベースでは60%にとどまっています。残りの40%には山岳地域や離島などが含まれますが、通信インフラが整備されていない場所でもHAPSを使うことで高速で安定した通信を提供できることが可能になり、「どこでもつながる」社会を実現します。
3つ目が、リモートセンシングです。HAPSは、通信だけでなく、定点観測によるリモートセンシングにも活用可能です。たとえば、気象データの収集や、大規模農場の管理など、多岐にわたる産業で利用できるポテンシャルがあります。
Beyond 5Gの社会で、HAPSはどのような役割を担っていくでしょうか?
岸山 Beyond 5Gの時代において、HAPSが果たす役割は非常に大きいと考えています。
先ほどあげた3つのユースケースはもちろんですが、Beyond 5Gの社会では、人だけでなく機械もいつでも接続される社会が実現され、私たちの生活や産業構造が大きく変わることが期待され、従来からの通信に加えて、センサー技術が発展し、インターネットとモノがつながるIoT社会がより進展すると考えられています。HAPSは、ドローンやロボット、さらには自動運転車の通信基盤としても活躍し、私たちの生活が一層便利で安全なものになっていくでしょう。
また、その他の新しいIoT・サービスの創出にも期待が出来ます。通信可能な範囲の広がりに加え、広域でのリアルタイムのデータ収集等により農業・物流・医療分野の効率化、これまで通信エリア外だった地域での新しいエンターテインメントや教育サービスの提供など、従来は考えられなかった活用が可能になっていくと思っています。
ありがとうございました。
Space Compass 堀茂弘Co-CEOより
Beyond 5Gは単なる高速通信ではなく、新しい社会の基盤そのものです。HAPSはそのBeyond 5Gにおいて、既存通信インフラの限界を超える大きな革新となるものです。空や宇宙を活用することで、人口減少時代でも、災害時や離島・山間部でも途切れない通信を享受できる社会を日本で実現し、さらにそれを日本だけではなく、世界へ広げていくことを考えています。
2027年度までの研究開発期間中に、高度化のための無線技術の実証を行い、その後、HAPSのシステムとして社会実装が進み、HAPSの機体が当たり前のように空を飛んでいて、新しいインフラとして実用化されている社会~このシステムの構築に我々はチャンレンジし続けています。