B5G研究開発の意義

B5G研究の裾野の広がりとスーパープレーヤーの出現を期待する

慶應義塾大学特任教授
電子情報通信学会会長
工学博士 山中直明

5Gの先を行くBeyond 5Gで社会はどう変わるのか。世界の中で日本はどんな道を目指せばよいのか。電子情報通信学会会長であり、「ビヨンド5Gが描く未来 2030年の技術・暮らし・ビジネス」(慶應義塾大学出版会)の編著者でもある山中直明先生に伺いました。

Beyond 5Gと5Gの違いは何か?

Beyond 5G(以下、B5G)と5Gの間の明確な違いについて、先生はどのようなものになるとお考えでしょうか?

山中直明先生

山中 5Gはこう、6Gはこうと言えばすっきりするかもしれませんが、そういったものはありません。
ここ10年ほどを見ても、バーチャルな世界の、リアルな世界に対する比重がどんどん大きくなっています。このまま進んでいくと、地球上のリアルタイムの状態をサイバー上ですべて把握できるようになると考えられます。
現在は、テキストになっている統計的なデータをビッグデータと言っていますが、将来はリアルタイムの画面や写真がビッグデータ化され、従来と比べ非常にダイナミックなものに―1秒ごとにデータをつくるので処理できないくらいの量に―なる。それを「ダイナミックビッグデータ」の時代と言うこともあります。
「ダイナミックビッグデータ」の時代では、例えば、次のようなことが実現します。交差点に向かって何台かの自動車が進んできており、その一方で横断歩道を渡ろうとしている人間がいるとします。このままだと、15秒後にある自動車が歩行者にぶつかると予想されます。そこで、ぶつかると予想される自動車を自動的に停止させるなどして事故を回避するといったことができるようになります。現在位置と速度がわかる自動車だから15秒後の位置が予測できるわけで、これがネコだと予測はできません。

山中直明先生

このように、バーチャルな世界がリアルな世界を安全でスマートにしてくれるということです。ただ、この技術に使われるセンサーや、リアルなものをサイバー上に上げる監視カメラもB5Gならではというわけではなく、すでに5Gで実現しています。
また、現在はA駅に行きたいときに経路情報によって何時の電車のどの辺りに乗るとよいか最短経路を最適化して教えてくれます。しかし、全員に同じルートを伝えると、混雑する場所ができてしまうので一定のルールで混雑の負荷を分散するようになるでしょう。これも現在の方法を高度化しているにすぎないわけで、どこからがB5Gだと言うことは困難です。

明確な区分は難しいが、バーチャルな世界がリアルな世界を主導して、未来を最も効率よく最適化して設計するようになるということですね。

山中 5Gと比べて、コンピュータやネットワークがより高度にサポートしてくれることにより、安全でスマートな、また、エネルギー利用も含めて効率のよい社会をつくろうとしています。そして、バーチャルな世界が先に理想化されて、リアルな世界をコントロールするようになる。その実現のために、エッジコンピューティングやIoT、センサーネットワーク、AIなどが活用されるということですね。ただし、それら2030年での実現が期待されるものは、実は現時点でもすでにできていると言う人もいます。

Beyond 5Gに関して期待できる日本の技術は?

未来のB5G市場において、優位性をもつことが期待できる日本の技術は、どの領域にあるとお考えでしょうか。

山中 日本の優れた技術は、ハードウェア的に高度なものと、システムのような複合的、複雑なものと認識しています。技術が複合化して、材料、デバイス、モジュール、システム、ネットワーク、アプリケーション、ビジネスの連携が必須になります。本来チームワークのある日本は、このエコシステムをつくるのにはたけていると思われます。
それから、重要な省エネやサステナブルです。落ち着いて、本来重要な技術を丁寧に模索するのは日本の優れている部分であると思います。低消費電力において、材料、デバイスだけではなく、使い方や丁寧なエネルギーマネージメントといった重要な技術は、日本人の得意としている部分です。

学会や産業界に求められるものとは?

2030年代のB5Gの実現に向けて、日本の学会や産業界が意識しなければならないこと、努めなければならないことは何だと思われますか。

山中 学会と産業界は大きく違う存在です。まず学会について。私は電子情報通信学会会長ですが、学会の意味をもっと多くの人に理解してほしいと思います。短期的に情報を得るだけならば、Web検索でも手に入ります。一方で、異業種の方、別の会社の方、専門の違う方との連携は、そんなに簡単ではありません。その中で、学会はコミュニティであり、多くの出会いがあります。その意味では、ナショナルプロジェクトに入って研究することも、産学連携を進めることも、チームをつくって協力するという意味では、まさにこれからの日本にとって重要で努力しなければいけない部分です。
産業界は、短期的な利益を求め、競争をしなければいけません。そのために、もっと社会の力を利用すべきだと思います。「Not invented here(自前でないものを否定すること)」は古い言葉ですが、産業界にはまだあるのではないでしょうか。連携、協力をキーワードにして、相手の力を借りることに積極性を持ちましょう。オープンサイエンスが進む中で、いいものを取り込み、成長することに集中しなければなりません。攻撃的に買収するのではなく、日本のラグビーのようにONE TEAMをつくり、「勝利」を目的にすべきでしょう。

Beyond 5G時代に向けて、日本の進む道は?

2030年代のB5Gの導入に向けて、日本が世界をリードしていくためにはどのようなことが必要であるとお考えでしょうか。

山中 技術に関しては問題ないと思っています。日本が世界に遅れているといったことはありません。突出して優れているということもありませんが…。同じくらいの能力の人が同じくらいの時間を費やすのですから、日本が国際的な競争力を上げていくうえでの技術的な問題はないと見ています。
考えなければならないのは、日本の社会の問題です。「いろいろなことに積極的にチャレンジする社会をつくろう」と言うと、たいていの人は総論では賛成だと言います。しかし、現実にチャレンジして失敗すると、周りからたたかれて立ち直れないほど攻撃されます。結果だけを見て批判するわけです。そのため、多くの人が下手にチャレンジして失敗するくらいなら、チャレンジしない方が得だと考えているのではないでしょうか。また、「個性を重んじなければならない」と多くの人が言いますが、実際に突出した言動をすると協調性がないなどと片付けられてしまうことも多いのではないでしょうか。
このような風潮にあるせいか、日本の学生は大企業に就職することを目指します。これがアメリカだと、将来はスタートアップしたいと思っている学生が多数います。自分で起業したいという意志が強いわけです。そのために、3年くらい企業に勤めてノウハウを身につけようとすることも珍しくありません。ずっと誰かに使われるのではなく、若いうちに一発当てて、リタイアして遊んで暮らすといった野望をもつ学生が多い。日本とアメリカとでは学生が発想からして異なるのです。

山中直明先生
山中直明先生

日本の大人たちの風潮は子どもたちにも投影されています。子どものころはプロ野球選手やJリーガーになりたいといった夢を見るものですが、少し大きくなるとそういう夢はしぼんでしまいます。
野球でたとえるならば、大リーグで大活躍するスーパープレーヤーが出ると、大リーガーを目指して野球を始める子どもが増えるでしょう。子どもたちの野球の裾野が広がれば高校野球のレベルが上がり、ひいてはプロ野球のレベルも上がっていきます。そうして野球界全体のレベルが上がっていきます。
B5Gの分野でも、スーパープレーヤーが出ることが肝要です。
同じような技術を持って同じように取り組んでいてもスーパープレーヤーになれるのはわずかです。成功と挫折を分けるのは複合的な要因で、たまたま助けてくれる友だちに恵まれなかったのかもしれないし、よい技術が世間の目に留まらなかったのかもしれません。ひとにぎりのスーパープレーヤーの背後には、その何倍何十倍の脱落者がいるかもしれない。ただ、みんながスーパープレーヤーにならなくても、脱落者の中からも秀でたプレーヤーは出るはずで、その中から独自のやり方で成長するベンチャー企業を起こす人も現れるでしょう。あるいは、身につけた技術を別の分野で発揮してもよいかもしれません。
もちろん、取り組んだことがストレートに成功に結びつくことが理想的で王道とも言えます。しかし、失敗したからといって、成果が0ということにはなりません。企業や学生が勉強して競争して経験したことは、2030年にもきっと生かされていると思います。あるアプローチでうまくいかなかったとしても、それがわかったことも成果と考えられます。そのように考えると、今、社会がB5Gに投資することは、すばらしいことだと思いますね。そこから、これまでの日本の土壌では出にくかった、強く自己主張して社会を開拓していく人が出てくるのではないでしょうか。

B5Gが活用される方向性についてはどのようにお考えですか。

山中 バイオテクノロジー、エネルギー、SDGs関連の分野が特に重要だと思います。中でも近年の気候変動に関連して、エネルギーをどうするかは大きな問題です。B5Gには省電力化もあるので問題の解決に資することが期待できます。

ありがとうございました。