研究開発 Close Up
海中・水中IoTにおける無線通信技術の研究開発
代表研究者 九州工業大学 産学イノベーションセンター 特任教授 博士(工学) 福本幸弘
研究機関 国立大学法人九州工業大学/パナソニック ホールディングス株式会社
※この記事は、「革新的情報通信技術(Beyond 5G(6G))基金事業の「機能実現型プログラム取材映像」を再編集したものです。
水中・海中での電波通信のニーズに応える
水中や海中での通信は、従来音響通信によるものが一般的であった。だが、現在「水中・海中で電波による通信はできない」という先入観を打破し、中距離通信あるいは長距離通信の技術確立を目指すプロジェクトが進行している。新しいニーズに応える研究開発を進める福本幸弘氏に、本プロジェクトの着眼点や目標を聞く。
これまで、水中や海中での無線通信は行われていなかったのでしょうか。
福本 従来、海中では電波による通信が用いられてきませんでした。海中での無線通信と言うと、もっぱら音響通信、つまり音波を使う通信が一般的でした。研究レベルでは光や電波を使ったものもあったのですが、実用化を目指すにはほど遠いものでした。これはどうしてかというと、電波を扱う人にとっては「海水は導電体であり、海中では電波は飛ばない」というのが常識だったわけです。これが、これまで海中での電波通信の開発がなされてこなかった理由かと思います。
このプロジェクトでは、これまで開発されてこなかった技術に着目しているということですね。
福本 海中では「電波は飛ばない」と言いましたが、「高い周波数ではほとんど飛ばない」というのが正確な表現になります。しかし、1MHz以下の周波数を用いると電波は数メートルは飛びます。ただし、低い周波数では電波は飛んでも伝送できる情報量はわずかで、IoT機器との通信には不十分です。そこでわれわれは、その低い周波数帯を広帯域に使う「OFDM技術」を用いて動画伝送が可能な1Mbps以上のスピードでの通信伝送が可能と考えたのです。われわれはそれに関する要素技術、具体的には海中電磁波解析技術、アンテナ技術、中波~短波帯のOFDM変復調技術を有していますので、本プロジェクトにおいて、これらを総動員し、この目標にトライすることにしました。
このプロジェクトの成果からどのようなことが期待できますか。
福本 今回のプロジェクトを進めるにあたって、水産業あるいは湾岸工事や海洋工学に携わっておられる方々といろいろとお話ししました。その中で「音響通信で使えない部分」、「電波通信が得意とするようなシーン」といったところでのニーズが非常に大きいことがわかってきました。例えば水産業でいうと「養殖業施設における長期間の低コスト動画撮影」であり、湾岸工事でいうと「湾岸設備の保守におけるIoTセンサー情報の収集」などです。これらは、実は音響通信が苦手とするものなのです。われわれは「短距離だが高速通信ができる」というメリットが活かせます。さらにコストや保守性においても優れており、海中での通信システムの長期運用が可能です。海の中のIT化はまだまだ未開拓領域であり、こういった分野でのニーズが非常に大きいと感じています。音響通信との比較ではなく、むしろ音響ではできなかった領域での通信技術として非常に期待できると感じています。
今後の研究開発の目標をどこに置いていますか。
福本 2024年度までに水中および海中での動画転送が可能な中距離通信(4mの距離で1Mbps)を実現し、大型水槽や実海域での実験によって技術確立を行うことが1つ。そして、中距離通信と連携して、海中での中継局を利用したデータ収集を想定した長距離通信(10段以上のマルチホップ通信)システムの技術確立を行うことを目標にしています。
ありがとうございました。
コラム
【B5Gの社会】農業はこう変わる!
業界の課題
少子高齢化や人口減少によって、農業従事者の高齢化や労働力不足が深刻な課題となっています。農業の現場では人手による作業や熟練者でないとできない作業が多く、人手の確保以外に、農作業の省力化、負担の軽減なども重要な課題です。また、農業や農村の持続性を高めるためには、経営規模の大小などにかかわらず、生産基盤の強化も課題となります。その解決のためにはICT等の先進技術を活用した「スマート農業」の推進が欠かせません。
求められる将来像、期待されるソリューション
これらの課題を踏まえ、次のような将来像が求められています。
・超高速・大容量、超低遅延、超多数同時接続を活かして「スマート農業」を加速する。さらに環境問題対策や自然災害対策システム等で他業界との連携
・ロボット、AI、IoT等の先端技術を活用したリアルタイムでの遠隔モニタリング、遠隔指導・支援、農機等の遠隔監視等により、作業の自動化、データの活用などを通じた生産性向上効果が高まる
・農場や牧場といったリアルな世界がサイバー空間にマッピングされ、農機の自動運転、監視・制御ができる
課題解決を実現可能にするBeyond 5Gの技術
Beyond 5G には次のようなことが期待されています。
①農業・畜産業での無人トラクター等車両の自動走行や農薬散布用のドローンの飛行制御とそれらの遠隔監視
②センサーやカメラ等の機器による農場や家畜等のリアルタイムでの遠隔モニタリング
③温度センサー、湿度センサー、雨量計等のセンサーからのデータが収集され、サイバー空間で管理され、農業経営等に活かされる。また、これらのデータをAIが分析し、農作業全体の管理に役立てる
④AR/VR技術による遠隔地での農業指導・支援
「スマート農業」でのBeyond 5Gの活用により、生産性の向上だけでなく、過疎地域での生活環境の改善による定住促進等、コミュニティの維持や活性化にもつながると期待されます。